二度の一文無しで気づいた、幸せは意外とこんなところにあった

僕自身のこと

はじめに

僕はこれまで、二度「一文無し」を経験しました。
大金を追いかけては失敗し、気づけばゼロに戻る。そんな繰り返しの中で、「幸せって何だろう?」と考える時間も多くありました。

そして振り返ってみると、僕が「幸せだな」「生きてるな」と感じた瞬間は、意外にも高級車や派手な成功体験ではありませんでした。
そこにあったのは──ごくごく小さな出来事だったのです。


焼き魚と野菜天ぷらの味

失意の中で帰省したとき、母が作って出してくれた焼き魚と野菜天ぷら。
それが美味しすぎて、涙が出そうになりました。
お金も仕事も失った僕を救ったのは、母の手料理でした。


阪神タイガースの優勝

僕は阪神ファンです。久しぶりに優勝を見られた瞬間、感動して自宅で泣きながら、心から「生きててよかった」と思いました。
お金も地位も関係なく、ただ一緒に喜べる時間があることが幸せでした。


久しぶりの神座ラーメン

久々に入った神座ラーメン。秘書時代は「貧乏人の食う物は食うな」と禁じられていた。自由になり久々に食べた、たった一杯のラーメンが、あんなに美味しく感じられるとは思いませんでした。
最高級牛肉より、あのスープをすすった時の方が心が満たされました。



お気に入りのスニーカーとユニクロTシャツでカフェで読書

履きたくて綺麗に洗って残しておいたお気に入りのスニーカーを久々に履いてお外のカフェで読書していたら幸せ過ぎました。
「時間がないから楽しめない」という思い込みが消えていく瞬間でした。

読書したりこうしてブログを書いているのが、今の僕にとっては幸せなひと時。


給料が残せた

2度目の一文無しから復帰し、久々にもらえたお給料。
手元に少しでも残せたことが、こんなに嬉しいなんて。
当たり前だと思っていたことが、実は幸せの象徴だったと気づかされました。


ゴルフと好きな車

友達と7年ぶりにゴルフに行きました。その際、カーシェアで好きな車を借りて出かけたら楽しすぎたんです。
車は好きな時に乗れると、友達とは好きな時に会えるとこれほど楽しいとは、、帰りに1人で涙しながらしみじみとドライブの楽しさを嚙み締めたのを忘れることはないでしょう。


資産家秘書をクビになった瞬間の幸せ

僕は資産家秘書として3年働きましたが、ある時、突然クビになりました。

普通なら悔しさや未練が残ると思ったのですが、、でも、僕は「よかった」と思いました。
暑苦しいスーツを着なくてもいい。家に帰りたい時に帰れる。車の運転も、休みたい時に好きなサービスエリアで休める。そんな自由が戻ってきたからです。

よくあるセリフで「お金持ちになりたければ師匠の言うことを素直に習え」と言われます。
僕もそれを信じ、頼りすぎてしまいました。実際、そうしないと生きていけなかったからです。
けれど資産家の機嫌を伺い、自分の頭を使わず、感情を殺して働いた結果はどうだったか──彼の機嫌を損ねた瞬間に、僕の居場所はなくなりました。

資産家のもとを去るとき、何件かの電話がかかってきました。
「首を言われても頭を下げ、忠誠を誓い、習い続けさせてください」とお願いするのが正解だったのかもしれません。
でも僕は、その連絡を断ちました。もう一人の人間として生きていこうと決めたのです。

去っていった人間のことを、彼は「貧乏人でかわいそうなやつ」と呼んでいました。
けれど、僕には未練はありませんでした。命を懸けてやったからこそ、もう充分だと思えたのです。

その節はお世話になりましたし、一人だけ本当に大切な仲間もできました。
ポルシェターボ、ロールスロイス、ベントレー、センチュリー──世界の名だたる高級車を運転させてもらった経験も、かけがえのないものでした。

今となっては感謝。
あの生活があったからこそ、自分で考え、行動することの大切さに気づけたのです。いや、気づいてはいたけど、キッカケをつかめずモヤモヤしていたのが、背中を押してもらえたくらい。
そして何より、自由を少しだけ取り戻したときに感じた解放感こそが、僕にとって大きな幸せでした。

僕の夢のポルシェは、一度触れることができましたが離れていきました。
でもまた会えるように、次はもっと長い時間、僕のそばにいてもらえるよう、僕自身がその器になるまで──その時まで再会は取っておこうと思います。


まとめ

結局、僕が「幸せだな」「生きてるな」と思えた瞬間は、大金をつかんだ時でも、高級車に乗った時でもありませんでした。
母親の焼き魚や、ラーメン一杯。お気に入りのスニーカーで歩いたアウトレットや、給料が少し残せたこと。そんな小さな出来事の中にこそ、本当の幸せが転がっていました。

失敗ばかりの人生だったからこそ気づけたことかもしれません。
もし今あなたが「もう失敗ばかりだ」と落ち込んでいたとしても、どうか大丈夫だと思ってください。小さな幸せは、意外とすぐそばにあって、それに気づけるだけで前を向けるものです。

……まあ、僕の場合はそこに気づくために、二度も一文無しになるという、やたら高い授業料を払うことになったんですけどね(笑)。

どうですか?たくさん失敗を遺してきた中、2025年時点の僕は全然自慢できるものなんてないただの一人の人間。ですが、まあ今の僕の実力はこんなもんです。だけど、そういう、取るに足らないレベルの幸せも、なかなかいいもんですよ(笑)。

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