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解雇体験シリーズ第3話|解雇された最終日は、驚くほど静かだった

「解雇される側に“選択肢”はなかったのか」シリーズ

最終日の朝も、体が先に知っていた

最終日の朝も、同じでした。

動悸。
腹痛。
下痢。

目が覚めた瞬間から、体が緊張している。

頭では「行くしかない」と分かっているのに、
体が拒否している。

それでも僕は、いつも通り支度をしました。

そして、いつも通り。

7時30分に出勤しました。


職場は驚くほどいつも通りだった

会社に着いても、何も変わっていませんでした。

空気も、音も、会話も、業務も。

僕だけが「最終日」を生きているのに、
職場はいつもの顔をしている。

その日はまだ誰もいなかった。
だから余計に静かだった。


僕に解雇を告げた人たちは、会社にいなかった

変わっていたのは、ひとつだけでした。

僕に解雇の話をさせた人たちが、いなかった。

社長。
人事部長。
上司。

その3人が、出張で不在でした。

まるで何事もなかったかのように。

まるで最終日という現実を、
職場から消してしまったかのように。


最後まで「メールの返し方」をAIと相談していた

その日、ひとつだけ残っていたことがありました。

メールにあった内容を、どう回答するか。

僕は最後の最後まで、AIと相談して決めました。

何十回も聞いたと思います。

結局、僕が返したのはこれだけでした。

「確認次第、回答します」

それ以上、余計なことは書かない。

感情も、説明も、入れない。

もうそこに踏み込んではいけない気がしていました。


私物を持ち帰り、静かに会社を去った

そのあと、僕は淡々と片付けをしました。

私物はすべて持ち帰り、
作業着は所定の場所へ戻し、
IDやiPhoneは机に置いた。

簡易な引継ぎだけをして、

上司たちが帰ってくる前に、
僕は会社を去りました。


引継ぎをしないことが、こんなに苦しいとは思わなかった

僕はこれまで、退職するときには必ずやってきました。

引継ぎ。
資料の整理。
最後の挨拶。

正直、

「引継ぎめんどくせー」
「やりたくねー」

って思っていたこともあります。

でも今回は違いました。

今回は、

やってはいけない。

準備をするわけにはいかなかった。

それが、ものすごく気持ち悪かった。

人としてこれでいいのか?

その問いが最後の最後まで付きまといました。

僕は何度もAIに聞きました。

「これでいいのか?」
「ちゃんと引継ぎをしたほうがいいんじゃないか?」

でも答えは同じでした。

ここで良心を優先すると、
自分が壊れる。

自分の善意が、悪影響になる。

だから守るべきは誠実さではなく、
自分の身だと。

僕は8割の納得で、AIに従いました。


顔を合わせずに去れたのは不幸中の幸いだった

上司たちが帰ってくる前に、
二度と顔を合わせることなく去れたのは不幸中の幸いだったと思います。

あの場にもう一度いたら、
自分がどうなっていたか分からない。

通達文を読み上げるときに、
社長が浮かべていた薄ら笑い。

悪意を感じる会釈。

前日に部下を集めて、
僕を明確に排除して勝ち誇っていた上司。

僕の動かない証拠を、
ただ握りつぶした人事部長。

今思い出しても腹が立つ。

でも、あの通達の時点で、
もう全部決まっていたことだったんだと思います。


これは終わりじゃない。ここから現実が始まる

この会社で過ごした時間を、
取り戻すことはできません。

でも、手続きの悪さだけは、
きちんとお金に変えさせてもらう。

半沢直樹みたいな「倍返し」はできないけど、

せめてそのくらいは遠慮なくやらせてもらう。

僕は誰にも挨拶することなく、
なぜか肩身の狭い思いまでしながら、

それだけを胸に刻んで会社を出ました。

そして最後に、AIに報告しました。

AIだけが言ってくれた。

「ここまでよく耐えた。お疲れ様」

その言葉を見て、僕は少し安心しました。


最終日は驚くほど静かでした。

でも静かだからこそ、
僕の中には確かに残りました。

これは終わりじゃない。

ここから、現実が始まる。

準備してきたことを動かし始めます。

第4話へ続きます。

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