それは「配置転換」ではなかった。
拒否すれば詰む前提で用意された、事実上の二択だった。
その日は、普通の業務日として始まった
普通の業務日に、人事担当から声が掛かりました。
「今日、15分くらい時間を取ってもらえますか?」
それだけでした。
業務が立て込んでいたので、
「どんな内容のことですか?」
と聞き返すと、
「試用期間の振り返りを、軽く」
と返ってきた程度でした。
さらに、
「上司の○○さんは同席しないので、安心してください」
とも言われました。
その言葉もあって、正直なところ、少し安心していました。
当時はデリケートな部品の加工を担当していて、
集中力を切らすわけにはいかない作業の最中でした。
そのため、その場で特に気が乱れることもなく、
念のため作業が一区切りついてからの時間を指定し、
面談を了承しました。
会話自体も終始穏やかで、
その時点では、
この後に起きることを疑う理由は、何もありませんでした。
提示されたのは「配置転換」という言葉だった
時間になり、会議室に向かいました。
念のため、ケータイの録音ボタンを起動してから部屋に入ると、
そこには社長と人事部長が、すでに座って待っていました。
「よかった。録音しておいて」
正直、そう思いました。
人事担当者が、手元のメモを読み始めます。
いかにも事前に用意された文章を、
棒読みで、ツラツラと読み上げていく。
最初に違和感を覚えたのは、
「振り返り」と聞いていたはずなのに、
悪かった点だけが、一気に並べられ始めたことでした。
僕の中で、強い苛立ちが込み上げてきたのを覚えています。
それでも、必死に抑えました。
人事担当の様子を見て、
「この人も、やらされているだけだな」
と一瞬で察してしまったからです。
ここで感情を出して反抗するのは、
おそらく逆効果だろう。
そんな判断も、その場で自然と浮かびました。
読み上げられた主な内容は、次の4点でした。
- 普段の業務報告がない
- 仕事を教えて理解するのに時間を要する
- 業務停滞を起こすことが複数回あった
- マネージャーとしての仕事のさばき方が、会社として思っていたものと違った
正直、どれも覚えがありませんでした。
そもそも、
僕はマネージャーとして雇われていません。
「何を言っているんだ?」
という苛立ちが、静かに溜まっていきました。
報告に関してだけは、
「もっと上司に見える形にした方がいいかもしれない」
と思ったことはあります。
そのため、面談の2か月ほど前から、
僕だけが
- デイリーの業務報告
- 自作のガントチャート
を、チーム全員が見える形で、毎日送っていました。
人事側にも共有していた内容です。
それでも、この場で読み上げられた説明は、
それらが存在しなかったかのような口調でした。
ここまでが、前半です。
後半に入ると、
読み上げのトーンが、わずかに変わりました。
「会社として、すぐに解雇するつもりはありません」
そう前置きしたうえで、
より手順が明確で、シンプルな業務であれば、
安定して成果を出してもらえるのではないか、
と考えた、という説明が続きました。
再び、僕の中で苛立ちが湧きました。
「言われたことをやる程度の方が向いている」
そう言われているように聞こえたからです。
それでも、
「少なくとも、即クビではないのか」
と、わずかに安堵した直後。
人事担当者が、
手を震わせながら、1枚の書面を差し出しました。
「配置転換のご提案」
と書かれた書類でした。
まず目に入ったのは、給与欄です。
- 基本給:14万円ダウン
- 年収:約150万円ダウン
正直、
「これ、懲戒レベルでは?」
という言葉が頭をよぎりました。
すでに、まともなメンタル状態ではなくなりかけていましたが、
人事担当者は、構わず読み上げを続けます。
- 適用開始時期は翌月から
- 提案に同意しない場合は、今月末で解雇
- 残された時間は、ちょうど1週間
- 同意するかどうかは、2日以内に判断すること
そして、
「2日後に再度面談を行うので、それまでに回答を準備しておいてください」
そう告げられて、
この説明は終わりました。
その場では、何も答えなかった
その場で、
「何か質問はありますか?」
と聞かれました。
けれど僕は、
「一度持ち帰って検討します」
とだけ、淡々と答えて会議室を出ました。
正直、その時点では、
質問を組み立てられる状態ではなかった
というのが正確なところです。
会議室を出てから、
感情が一気に錯綜しました。
何で俺が?
まじか?
どうする?
これ、残っても人生詰みじゃないか?
何で、こんなことにならないといけないんだ?
これ、脅しだよな。
会社って、こんなこともできるのか。
返事をしなくても、2日後に呼ばれて詰められるやつだよな。
どっちにしても、嫌すぎる。
他にも、いろいろな考えが、
頭の中をぐるぐる回っていました。
落ち着くことができず、
僕は真っ先に、トイレの個室に籠もりました。
そこで、
録音していた音声をAIに共有し、
「どう思うか?」
と何度も何度も問いかけました。
もしこれが、
すべてを一人で抱え込むしかない時代だったら、
僕は本当に詰んでいたと思います。
大げさではなく、
自分で自分の人生を終わらせてしまっていた可能性も、
ゼロではなかった。
AIは、
感情的な結論に飛びつこうとする僕を、
何度も冷静に引き戻そうとしてくれました。
根拠が十分とは言えない仮説ではありますが、
少なくとも、
- 何が起きているのか
- どこが異常なのか
を、構造として整理し、
「見える形」にしてくれたのは確かです。
そこで浮かび上がってきた結論は、
とてもシンプルでした。
要は、
会社は僕を追い出したかった。
その構図です。
今振り返っても、
「よく録音しておいたな」
と、心から思います。
そして同時に、
普段からAIを使っていた自分を、
本気で褒めたいとも思いました。
実際に突きつけられていた“二択”の中身
書面を、何度も読み返しました。
書いてあることは、
結局のところ、次の二択でした。
選択肢①
月給14万円ダウンを受け入れて、会社に残る
選択肢②
同意しなければ、解雇
それ以上でも、それ以下でもありません。
では、仮に①を選んだら、どうなるのか。
月給14万円ダウン。
年収で言えば、約150万円の減少です。
しかもこれは、
懲戒処分でもなければ、
明確な業務違反があったわけでもない。
「普通に仕事をしているだけで」
これだけの減給が成立してしまう、
という前例を、僕自身が受け入れることになります。
ここで一度でも同意してしまえば、
次も、また次も、
- 評価が合わない
- 期待と違った
- 会社がそう判断した
という理由で、
同じことが繰り返されても、
拒否する根拠を自分で失うことになる。
要するに、
会社の言いなり(=奴隷)になる、
という選択肢です。
その先にあるのは、
自分が壊れていく未来でした。
次に、②を選んだ場合。
同意しない。
すると、解雇。
結果は、極めてシンプルです。
収入がなくなる。
それだけ。
生活はどうするのか。
次の仕事は。
貯金はどれくらい持つのか。
そうした現実が、
一気にのしかかってきます。
こうして並べてみると、
この二択が、
本当に「選択」だったのかどうかは、
明らかだと思います。
- ①を選べば、人生がすり減っていく
- ②を選べば、生活が一気に不安定になる
どちらを選んでも、
詰みです。
会社に殺される(まで使われる)か、自分で死ぬか。
これは、
「選ばせている」ように見せかけた、
選ばせる気のない二択でした。
一人で抱え込まなかったことだけは、正解だった
一人では、
どうしても感情的な部分が抜けない僕は、
何度も何度も、AIに文章を投げつけました。
スレッドは、100個以上作ったと思います。
今あらためて見返してみると、
どのスレッドにも、
ほとんど同じような文章が並んでいます。
こんなの、おかしいだろ?
この○○って部分、僕が間違ってるの?
ここは、どう思う?
訴えたら、慰謝料を取れたりするの?
同じような言葉を、
何度も、何度も、書き殴るように投げていました。
正直に言うと、
返ってくる答えは、
劇的に「救われる」ようなものではありませんでした。
YouTubeでも、
「解雇されたらどうするか」
「クビになった事例」
といった動画を、
100本以上は見たと思います。
一般論としては、
「たぶん勝てる可能性はある」
という感覚は得られました。
でもその先が、まったく分からない。
- 実際、どうやって進めるのか
- 誰に、何を、どう伝えるのか
- そもそも、どこから手を付けるのか
結局、
分かったようで分からず、
何度も振り出しに戻る感覚でした。
そこで僕は、
感情ではなく、
事実だけを並べて、
AIにこう相談しました。
「じゃあ、どう動くべきか?」
すると、
何度聞いても返ってくる答えは、
ほぼ同じでした。
- 同意しない、とだけ伝えてください
- 自分から「じゃあ辞めます」とは、絶対に言わないでください
この趣旨が、
当時の僕には、なかなか理解できませんでした。
AIは、さらにこう続けました。
- 会社に残る必要はない
→ 奴隷状態になって詰むから - ただし、「辞める」と言う必要もない
- 次の面談にも、出なくていい
→ 余計に消耗するだけだから
何度聞いても、答えは同じ。
ようやく、
「言いたいことは分かった。まずはそう動いてみよう」
と腹を括り、
その日の夜中に、返信文を作りました。
そして翌朝、
会社にメールを送りました。
真面目な人ほど、是非覚えておいて欲しい
自分から
「辞めます」
と言ってしまうと、
- 引き継ぎ資料を作れ
- 最後にこれをやっておけ
などの要求が、
最後まで延々と続きます。
結果、
辞める直前までイライラし続けることになる。
一方で、
同意しない=解雇を受け入れる
という立場を取る場合、
いわゆる
「円満退職のための協力」
をする義務はありません。
誤解してほしくないので書いておきますが、
これは悪用を勧めたい話ではありません。
ただ、
会社に協力せずに去る
という選択が、
この時の僕にとっては、
最も自分を守れる正解だった。
それだけの話です。
まだ、理由は言葉にできなかった
この時点では、
僕はまだ、
「正しい選択をした」
とは思っていませんでした。
ただ、
これ以上、自分を削る方向にだけは進みたくない。
それだけで動いた、というのが正直なところです。
なぜ、真面目な人ほど、
会社の言葉をそのまま受け取り、
自分から不利な選択をしてしまうのか。
そして、
なぜ僕は、
「辞める」と言わなかったのか。
その理由は、
この後に起きた出来事を見てからでないと、
説明できません。
次の話で、
その違和感の正体を書きます。
同じ状況に立たされた時、
感情で動かず、判断を誤らないために。
僕の実体験を時系列でまとめています。
▶︎ 解雇される側に“選択肢”はなかったのか|シリーズ入口
第2話はこちら



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