ある日、会社から突然呼び出された。
会議室に入ると、
社長と人事部長、そして人事担当者が数人、
すでに席に着いて待っていた。
事前に、話の中身は何も知らされていなかった。
「嫌味な上司は同席しないので安心してください」
そう言われていたが、
会社のトップ2人が揃っている時点で、
ただならぬ雰囲気であることはすぐに分かった。
人事担当者が、
用意されたメモを淡々と読み上げ始めた。
内容は、試用期間6か月の“振り返り”だった。
指示理解。
報連相。
優先順位。
主体性。
どれも、会社員なら一度は聞いたことのある言葉だ。
そして最後に、こう告げられた。
「すぐに解雇するつもりはありません」
ただし――
ある条件付きで、という前提だった。
このシリーズについて
このシリーズは、
会社や特定の人物を糾弾するためのものではありません。
また、
「自分は正しかった」と主張するための
自己弁護の記録でもありません。
ここで書くのは、
- なぜ、この状況に至ったのか
- どこに判断の分岐点があったのか
- そして、本当に他の選択肢はなかったのか
その構造です。
感情や怒りは、どうしても後から付いてきます。
ですが、この入口記事では、
できる限り事実と視点の整理に徹します。
解雇は「ある日突然」起きたわけではなかった
あとから振り返ると、
すべてが完全に突然だったとは言えません。
ただ、当時の自分には
「明確な危険信号」としては見えていませんでした。
評価基準は曖昧だった。
期待されている役割も、はっきりとは共有されていなかった。
違和感はあったが、
「試用期間中だから」「そのうち慣れるだろう」
そう解釈していた。
多くの会社員がそうであるように、
僕もまた、
- 仕事を続ける
- 結果を出そうとする
- 空気を壊さないように振る舞う
その延長線上にいれば、
何とかなると思っていた。
この時点では、
「解雇」という言葉は、
まだ現実のものではなかった。
一番判断を狂わせたもの
今、振り返って
当時の判断を一番狂わせたものは何だったのか。
それは、
どちらを選んでもマイナスになる道を提示されたことだった。
提示された内容を、
その場ですぐに理解できたわけではない。
むしろ、理解できないことの方が多すぎた。
ただ一つ、はっきりしていた構図がある。
これからは、お金が積みあがらない構図に入る。
月給は14万円下がる。
それまで「無理なく生活できていた状態」が、
一気に「無理が生じ得る状態」に変わる。
やっと、人生の立て直しがうまく回り始めたと
自分では感じていた時期だった。
働いているのに、
お金が積み上がらない。
下手をすれば、減っていく可能性すらある。
その状況で、
- この提案を受け入れるべきなのか
- 会社の言いなりになるべきなのか
- それとも、ここで切られる道を選ぶべきなのか
判断の軸が、急に見えなくなった。
当時の年齢は44歳。
転職の難易度が、年々上がっていることは
自分自身が一番よく分かっていた。
「次があるのか?」
その問いが、現実味を持って頭に浮かぶ。
誤解のないように書いておくと、
当時、生活防衛資金がなかったわけではない。
7か月分から8か月分程度の生活費は、
手元に確保していた。
それでも、この提案を受け入れた先に、
お金が積み上がらない未来が
はっきりと頭の中に描けてしまった。
「守れてはいるが、前に進めない」
そんな状態が、
これから長く続く可能性が見えてしまった。
この瞬間、
判断は「冷静な比較」ではなく、
不安と将来像の衝突に変わっていた。
これは反省文ではない
このシリーズは、
過去の自分を責めるための記録ではありません。
また、
「こうすれば絶対に防げた」という
万能な答えを提示するものでもありません。
それでも、
- どこで違和感が生まれたのか
- なぜ、その違和感を無視したのか
- なぜ、選択肢が見えなくなったのか
これらを言語化することで、
同じ立場に立つ人が
一つでも別のルートを選べる可能性は残せる。
そう信じています。
以前、尊敬している恩人が
「会社員である以上、明日突然クビになる可能性はゼロじゃない」
と話していたことがある。
当時は、どこか現実味のない言葉だった。
でも、それが本当に自分に起きてしまった。
だからこれは、決して他人事の話ではない。
解雇される側に、選択肢は本当になかったのか
「解雇される側に選択肢はない」
そう感じてしまう瞬間は、確かにあります。
でもそれは、
本当に選択肢が存在しなかったのか、
それとも
見えなくなっていただけなのか。
このシリーズでは、
その境界線を、一話ずつ整理していきます。
次回からは、
あの日の会議室で何が提示され、
どんな二択を迫られたのか。
事実ベースで、順を追って書いていきます。
これは、
誰かを断罪する物語ではありません。
これから判断を迫られるかもしれない人のための、
回避ルートの記録です。
「すぐに解雇するつもりはありません」
そう言われた日の続き。


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